いろいろなことがありました。
夏のはじめに体調を崩した祖母が入院。
急性白血病の診断。年内と告知されました。
もっともこのときはただの夏ばて、体調不良では?と
疑いたくなるほど元気で、むしろ母の方が病人のようになっていきました。
秋の稲刈りも母はほとんど何もせずで、
祖母が帰宅しても口にするのはネガティブなことばかり。
ついにパジャマのままで着替えようともしなくなりました。
うつ病です。
ほとんど引きずるようにして心療内科に連れて行き、
薬を処方してもらいますが、即効性があるわけではありません。
看病の必要はないものの、何もしない人になってしまったので、
掃除、洗濯、毎日の食事の準備をしなければなりませんでした。
必然的に家事に割く時間が増え、自分の時間が減ります。
訓練は完全に、執筆もおろそかになりました。
このとき救いだったのは祖母が日に日に元気になっていたこと。
週の半分は通院して検査、輸血などを受けますが、
入院する前よりも元気で、母の目を盗むようにして畑に出ます。
それを知ると母はとても嫌がるのですが、性分だから仕方ないですね。
でも、それも9月半ばを過ぎ、秋の気配とともに終わりました。
食欲がないと朝昼と食べなかった祖母が夜に下血。
翌日、病院で検査を受けると血液検査の結果が悪化しており、
そのまま入院となります。
またすぐ退院できると思っていたのですが、
食事は一切食べられず、下血も病まず。
坂を転がるように日に日に衰弱していきました。
入院三日目か、しきりに点滴のパックに手を伸ばそうとします。
その時は外そうとしているのかと思いましたが、
その方向、西の空に何かを見ていたのかもしれません。
翌日からは意識も混濁し、喋ることもなくなりました。
危ないという知らせを受けて駆けつけたのは、入院から7日目。
夜中のことでした。
そして葬儀。
およそ20年前に曾祖母、10年前に祖母の葬儀を経験しましたが、
ほとんど親負かせというか、関わらなかったのですが、
今回は様々な手配、手続きに関わりました。
病院から家までの遺体の送迎、通夜、斎場の使用許可、葬儀、相続。
特に祖父母の代から父母の代への切り替わりと言うこともありましたが、
人がひとり亡くなると、これほどの手続きが必要なのかと
驚きつつ忙殺されました。
正確に言うと一ヶ月過ぎてなお、遺品整理はまだ終わっていません。
家のお金を家族に相談も報告もなしに運用し、
それをいろいろなところに隠したり、置いた所を忘れていたので、
家中探さないと全部は出てこないでしょう。
せめて保険証書や貯金通帳は一箇所にまとめておいて欲しかったですが、
それを遺影に呟いても返事はありません。
そんなに急いで逝かなくてもよかったのに。
好き勝手させてもらってますが、現状は望んだ状況ではありません。
作家として成功、とまではいかなくてもデビューした姿を見せたかった。
ひ孫を見せられなくても、結婚相手ぐらいは紹介したかった。
とても悔いが残ります。
唯一の救いは、母が回復してくれたこと。
祖母の後を追うようにという最悪の状況も予期していましたが、
祖母が立ち直らせてくれたんだと思ってます。