diaryの最近のブログ記事

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old fitzgerald 初飲み。
口の中でふわっと消えるソフトな味わい。
初心者、一杯目にはちょうどいいかも。


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BOOKER'S
口の中でガツーンとくる。
度数が高いのも納得。でも美味しい。


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CADENHEAD'S 初飲み。
ブランデーをじっくり飲むのは
初かもしれない。
上品な香りと味わい。深い。
ただ、ゆっくり手の中で
温めながら飲むこと。胸焼け注意。


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NOAH'S MILL
今のところバーボンの中では
最高のお気に入り。
馥郁とした、という表現がぴったり。
深くて雑味が無く、しっかりした味わい。
後味も心地よい酔いとともに漂う感じ。
良い焼酎でもそうだけど、
飲んだ後の鼻に抜ける呼気が快感。

祖母の百か日法要が終わりました。
片付けきれていない部分もたくさんあります。
慌ただしく、いろいろなことが変化した100日でした。
それでも、ひとつの節目を迎えたように思います。

喪中葉書を出した後は年末年始のしがらみからも無視して、
ひたすら朝日時代小説大賞に取り掛かっていました。
投函したのは期限ギリギリの12月31日、午後11時。
仕事納めも大掃除もあったものじゃありません。
歳が明けると12日の創元SF短編賞に没頭。
短編なので読み返す時間は少ないですが、それだけに細かな点もより念入りに。
通常、テキストエディタで書き、ワードソフトで体裁を整えて印刷、
最終的に紙で読み返して投函という流れですが、
創元SF短編賞はメール投稿が可能だったので、
手間は省けるものの何か欠けているような気がして落ち着きませんでした。

ともあれ、ようやく落ち着いたところです。

次の目標は定めたので、書くことから離れないよう、そこに向かって準備と執筆。
そして、まずは部屋の片付けですね。

秋深し

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いろいろなことがありました。

夏のはじめに体調を崩した祖母が入院。
急性白血病の診断。年内と告知されました。
もっともこのときはただの夏ばて、体調不良では?と
疑いたくなるほど元気で、むしろ母の方が病人のようになっていきました。
秋の稲刈りも母はほとんど何もせずで、
祖母が帰宅しても口にするのはネガティブなことばかり。
ついにパジャマのままで着替えようともしなくなりました。
うつ病です。
ほとんど引きずるようにして心療内科に連れて行き、
薬を処方してもらいますが、即効性があるわけではありません。
看病の必要はないものの、何もしない人になってしまったので、
掃除、洗濯、毎日の食事の準備をしなければなりませんでした。
必然的に家事に割く時間が増え、自分の時間が減ります。
訓練は完全に、執筆もおろそかになりました。

このとき救いだったのは祖母が日に日に元気になっていたこと。
週の半分は通院して検査、輸血などを受けますが、
入院する前よりも元気で、母の目を盗むようにして畑に出ます。
それを知ると母はとても嫌がるのですが、性分だから仕方ないですね。

でも、それも9月半ばを過ぎ、秋の気配とともに終わりました。
食欲がないと朝昼と食べなかった祖母が夜に下血。
翌日、病院で検査を受けると血液検査の結果が悪化しており、
そのまま入院となります。
またすぐ退院できると思っていたのですが、
食事は一切食べられず、下血も病まず。
坂を転がるように日に日に衰弱していきました。
入院三日目か、しきりに点滴のパックに手を伸ばそうとします。
その時は外そうとしているのかと思いましたが、
その方向、西の空に何かを見ていたのかもしれません。
翌日からは意識も混濁し、喋ることもなくなりました。
危ないという知らせを受けて駆けつけたのは、入院から7日目。
夜中のことでした。

そして葬儀。

およそ20年前に曾祖母、10年前に祖母の葬儀を経験しましたが、
ほとんど親負かせというか、関わらなかったのですが、
今回は様々な手配、手続きに関わりました。
病院から家までの遺体の送迎、通夜、斎場の使用許可、葬儀、相続。
特に祖父母の代から父母の代への切り替わりと言うこともありましたが、
人がひとり亡くなると、これほどの手続きが必要なのかと
驚きつつ忙殺されました。
正確に言うと一ヶ月過ぎてなお、遺品整理はまだ終わっていません。
家のお金を家族に相談も報告もなしに運用し、
それをいろいろなところに隠したり、置いた所を忘れていたので、
家中探さないと全部は出てこないでしょう。
せめて保険証書や貯金通帳は一箇所にまとめておいて欲しかったですが、
それを遺影に呟いても返事はありません。

そんなに急いで逝かなくてもよかったのに。

好き勝手させてもらってますが、現状は望んだ状況ではありません。
作家として成功、とまではいかなくてもデビューした姿を見せたかった。
ひ孫を見せられなくても、結婚相手ぐらいは紹介したかった。

とても悔いが残ります。

唯一の救いは、母が回復してくれたこと。
祖母の後を追うようにという最悪の状況も予期していましたが、
祖母が立ち直らせてくれたんだと思ってます。

最近、twitterをはじめました。
FaceBookはホッタラカシなのですが^^;
今のところほぼ毎日呟いてます。
性に合うのかもしれません。

ちなみに、これまではこんな感じ。

残月に昔を今と夢に見ゆ
無花果の香に塩辛もすぃぃっと
日食も流星群もまた雲厚し
昼寝して日傾きぬ蝉の声
流星群 闇と星とひとり
ペルセウス星を降らせて夜もすがら
低気圧地震を呼ぶか土石流
その先を知らずか這い出るみみずらよ
風渡る稲の碧も小川の蒼も
雨音に蝉も黙りぬ夏の宵
つばくらめ つがいならけし 躯離れず
夕凪に飛び回るのは蝶と蝉
白雲を揺り動かすや油蝉
葬るため礼服仕立てる理不尽さ
祝い事ならば嬉か礼服仕立て
鴉二つ 声を揃えて雨宿り
鉄塔を押しつぶして雨雲来る
向日葵も天見失う曇り空
大口の朝顔昼にしぼみけり
原爆忌 灼熱の光いまだ世界をねめつける
稲の穂も首うなだれて夏を待つ
蛙鳴く夏降り込める夜の雨

散歩してたり、ふと思いついたことを俳句っぽく呟いてます。

よければkozaki35で探してみてください

悩みます。買い換えるべきか、待つべきか。

現行iPhone 3G 16GBのOSをアップグレードすれば、
文字のコピペ、検索機能の「Spotlight」、テキストメッセージ以外も送るMMS、
なくした時のリモート操作「Find My iPhone」(MobileMeの契約が必要)が可能になります。

でも、3GSだけの機能も魅力的です。
全般的な速度上昇、バッテリー寿命の長期化、カメラの画素数upなど
基礎部分が向上するだけでなく、動画の撮影、ボイスコントロール、デジタルコンパスが
使えます。
Nike+iPodもおそらく3GSのみでしょう。

私はキャンペーンに応募しているので、32GBの3GSを買えば
2年間、月960円の出費となります。
iPhoneからの変更の場合、幸い、機種変更に伴う出費はありません。


通常の携帯電話の場合、機種変更すると前の本体は返却します。
時計やアラームくらいにしか使えないので。
でも、iPhoneの場合、iPodとして使えます。
位置情報は取れないにしても多くのアプリは使えるし、
wi-fiは生きているので、skypeとしても使えます。

現在、2GBのnanoをNike+iPodをくっつけて、散歩&ランニング用に使っています。
3G 16GBを差し替えるのは容量的には可能ですが、アダプターがささらないので、
機能的にはできません。
(Nike+iPodの機能がOS3で実現化するなら問題ないですが)

頻度は低いにしても、旅行用などで使うiPodとするか。


果たしてどうするのがベストか。
悩みます

とにもかくにも本戦出場、おめでとう!
アウェーとはいえなんじゃこりゃっていう審判・試合だったけど、
勝利、そして決まったからよしなのです。

さて、南アフリカまで応援に行くにはどれくらいかかるんだろう......

女性用下着ではありません(笑)。

既存のものにとって変わるかは微妙ですが、
天候に関わらず屋外での立ち仕事を行なう場合は重宝するかも。
日本だと蒸し暑いから汗が滝のように流れるかもしれませんが(笑)

ヌーブレラ.JP

ポール・ポッツをご存知の方なら彼が登場した番組、
"Britain's Got Talent"もご存知かと思いますが、
その番組に新たなスターが誕生しました。

Susan Boyle

47歳 独身 女性 美しいとか、かわいいとかとは形容できない外見。
ですが、すごいんです。
まずは見てください。

http://www.youtube.com/watch?v=9lp0IWv8QZY


彼女の死を知らされた時のことは、忘れられない。
大学のクラブハウス一階ロビー。
サークルの会長は初めて聴く真剣で沈痛な声で僕に告げた。
早すぎる死だった。
伏線はあった。初めて会った時から彼女はすごく痩せていたし、
前の歳の冬から体調を崩していた。そして入院。
でも、治って退院するものだとばかり思っていた。
死にいたる病だとは思いもしなかった。

拒食症。

もし知っていたら、何かできることがあったんじゃないだろうか。
もっと適切な行動がとれたんじゃないだろうか。
今も、その思いが心から離れない。

彼女の墓参りにいく日はいつも晴れて、桜が満開だ。
今年は大寝坊していけなくてごめん。
また日を改めて、会いに行くよ

手術

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手術してきました。人生初の手術着&手術室。
あのたくさんのライトの下で、手術台に寝転がったわけです。

特に病気やケガというわけではないのですが、
太もも外側にしこりがありました。たぶん20歳くらいのときにはあったと思います。
痛みもなく、大きくなるわけでもなく、気が付いたらあって、
そのまま十数年放置してました。
人からは脂肪の塊じゃない?と言われたこともあったので、
運動すれば落ちるかと思いきや、全然落ちない。
ビリーをやってどんどんぜい肉が落ちてくると、逆に目立つわけです。
それでふと思い立って皮膚科にて診察してもらったところ、手術となりました。

早朝に病院に入って、血圧と麻酔のパッチテスト。
そして医師による状況の確認と診察、そして前回受けた血液検査の結果を受けて、
最終的な手術の準備に入ります。
順番を待って、看護士さんに付き添われて手術室へ。
まずは着替え。手術部位が限られていたので、Tシャツ、パンツの上に手術着を羽織ります。
頭にはネット・・・でも、あまり関係ない感じ。
靴下ははいたままでした。
そして手術室担当の看護士さんの案内で受付し、手術室へ。
総合病院だと、科ごとに担当され、科をまたぐ移動の際は別の方が付くんですね。
手術台に横になると、血圧、心電図モニターがつけられ、
点滴が挿入されます。
手術しやすいよう高さを調整し、メスの入る位置をマーカーで描かれ、最後の説明。
そして、患部を遮るように胸のところでタオルがかけられました。
「それでは始めます」と静かな声で開始。
ドラマでおきまりの「メス」とか、汗を拭く担当の方はなく、
淡々と進んでいきます。
麻酔の注射は痛かったものの、効き目はものすごく、
痛みどころか触感さえ感じません。
ただただ、手術室には心音モニターの単調な電子音と
空調のごぉぉっという音だけが響きます。
定期的に血圧計が膨らむものの、他に動きはなし。
意識ははっきりしてるので、正直退屈してきます。
まぁ、大急ぎで医師や看護士の方が駆け回るような事態になっては、
手術されてるほうとしては困るわけですが^^;
やがて液体の感触と、大きな表面積をなぞられる・・・たぶん拭き取られている感じがして、
パチパチと音がし始めました。
見えてないから解かりませんが、おそらく患部を洗浄し、縫合する音でしょう。
ほどなくしてガーゼに巻かれ、終了。
でてきた「しこり」を見せてもらいましたが、意外に大きかったので驚きました。
良性悪性という以前の、皮膚のなりそこないが溜まったもの、
と事前にエコー診断の結果を説明されていたので、
なんとなくくすんだ肉灰色の老廃物をイメージしてたのですが、
少し肉の付いたすきやき用の脂身のような感じでした。
一般的な脂身二つ分くらいでしょうか。
皮膚の上から盛り上がっていた部分だけでなく、その内側にもずいぶんあったようです。

局部麻酔なので、爪先の感覚もあるし、普通に歩けましたが、
そういうきまり、ということで着替えた後、一般病棟に戻るのに車椅子に乗せてもらいます。
手術したとはいえ病人でもけが人でもないので、
エレベーターで本物の入院患者の方と一緒になったリ、
外来待合を通るときは正直恥ずかしかったですね。
そして30分ほど横になって経過を見た後に帰りました。
なんだかんだで持って行ったランディ・パウシュ教授の「最後の授業」を待ち時間に読み終えてました。
病院という環境だと、氏のメッセージがより響いたのは確かです。

さて、帰って犬の散歩にも出かけてましたが、なんの違和感も感じず、
皮膚を切って、余分なものを出しただけだからで、
一番痛かったのは点滴の針を刺すときだったな~、なんて思ってましたが、
夕方をすぎるほどに、じわじわと太ももに張り付いたガーゼの感覚が戻ってきました。
それと同時に鈍い痛みも。
麻酔が切れてきたのです。
そして歩くたび、力をかけるたび、曲げるたび、伸ばすたび、
顔をしかめたくなるほどの痛みが走ります。
朝が早かったので、数時間横になっていたのですが、
その間に出血していたらしく、ガーゼに血の跡が。
幸い、血はとまりましたが、痛みは続きます。
今も痛いです。

やっぱり体にメスを入れるということは、大事なんだなぁ。
健康のありがたみを知った一日でもありました。

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