映画「おくりびと」を見て来ました。
あまり知られておらず、「穢れた」仕事だと偏見をもたれることも多い
納棺師を主人公に人の死をテーマに描いた作品。
アメリカアカデミー賞の外国語映画賞にノミネート、日本アカデミー賞でも
作品賞、監督賞、主演男優賞など10冠を獲得と話題です。
確かに作品としては面白かったです。
(※以下、ネタバレ要素を含みます。未見の方はご注意を)
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でも、もし僕が撮るのなら、と違和感を感じずにはいられませんでした。
まず冒頭のオーケストラのシーンは不要です。
テーマが重いだけに笑いを入れようとしたのかもしれませんが、
解散を告げた瞬間、主人公以外がささっと消え、
取り残された主人公が驚きで凍りつくのも、やりすぎ。
特に序盤、本木さんの演技、演出が漫画的なんですよね。
主人公の妻がwebデザイナーという設定はまったく生きていません。
web関連にも、デザイナーにも見えません。
チェロの値段にしても、1800万は設定としては妥当かもしれませんが、
指を1本出して「100万?」「1800万」よりも、
指を2本出して「20万? まさか200万?」「......2000万」の方が直感的です。
また、その借金が高給の職業を選ばせる伏線になったのかもしれませんが、
日給手取りで万札がばんばん出てくるので、生活苦を感じさせません。
それにプロ用の楽器って、買取価格と販売価格がそんなに違うものなのでしょうか?
クーリングオフはできないにしても、売ればそれなりの値段になるはず。
チェロを捨ててないのに、重荷が軽くなった、というのも違和感が残ります。
ナレーションも饒舌すぎます。
僕なら車の中でチェロのCDを鳴らす主人公に、社長が「ベートーベンか?」
「ブラームスです。チェロのためのソナタ──」「あ、そう」
などと二人の温度差を会話で表現します。
そういえば特に序盤、カメラのカット割が細かすぎ、落ち着きがなかったです。
車内の照明も運転席と助手席で同じ車内とは思えないほど違っていたり。
生きている蛸に困って料理できないのは、後の生きている者を食べて生きているのに
現代人は食用にパッケージ化された物しか扱えないという皮肉なので
よいとしても、それを海に放して死なせるところまでは余分だったのでは?
生きている蛸に悲鳴をあげながら、殺されて血抜きした鶏の肉、
それも頭付きが平気なのはちょっと不思議。
ほぼ唯一のラブシーンも精神的衝撃に慰めが欲しいのか、
死に近づきすぎて生を確かめたくなったのか、両方を狙ってどちらか解からない。
最悪なのが、鮭のシーン。全然本物に見えません。
もちろん映画だから死体も生身の役者さんや、人形です。
でも、テーマとして生と死を扱っている以上、
そこに嘘っぽさがあっては全てが台無しになる。
本物の鮭の遡上のシーンが撮れなかったのなら、無しにすべき。
何度かナショジオのドキュメンタリーで見ましたが、本物の遡上、
そして産卵後力尽きて死んでいく様子は、ものすごく印象的です。
美しい自然風景と四季を見せるのはいいでしょう。
美しい音楽を聞かせるのもいいでしょう。
でも、どうして子供用のチェロを抱えて、春の土手で演奏してるんです?
火葬の炎と白鳥がオーバーラップするシーンも、
死体が燃えて、魂が鳥となって旅立つ、という、ある意味解かりやすい比喩ですが、
炎が長く写りすぎて、鳥が燃えているようにしか見えません。
妻の理解が得られず、別居しているのに、
理解してもらおうと努力する様子が見られないのも不思議。
さらには命の連鎖を描くのであれば、主人公の妻が妊娠した展開なのであれば、
石はお腹に当てるのではなく、生まれている赤子に握らせるほうがダイレクトです。
この石にしても、死者が握り締めているのは変だと思います。
私なら、肌身離さずお守り袋に入れて首からかけていたのを、
体を拭くときに気づくほうが自然ではないでしょうか。
広末さんの心理状態変化もいまいちわかりにくい。
実際の仕事振りを見て、考えを変えるのはわかりますが、
「私の夫は、納棺師です」と答えるところが頂点であるべきなのに、
毅然としていない。全体的にふわふわなんですよね。
に、しても、映画を見ている間中、他の観客が笑うところで、全然笑えませんでした。
「うまいんだよな。困ったことに」とある種の業を感じさせる台詞なのに笑ってるんですよね。
どうしてそこで笑う?と不思議でなりませんでした。
高齢の方が多かったので、笑いのツボが違うのかもしれません。
なので、他の人は僕が感じた違和感を感じなかったのかもしれませんね。



初めまして。
1,800万円のチェロ、売りましたよ?
そこで借金の為の就活ではなくなっていたと思います。
>1800万は設定としては妥当かもしれませんが
そして個人的に1,800万円は設定ミスだと思います。
トップofトップの最高級レベルだと思います。
大悟「プロはみんなそれくらいの使ってるし、むしろ安いくらいなんだよ」
はないと思います。
コメントありがとうございます。
>そこで借金の為の就活ではなくなっていたと思います。
私もそう思います。
なのに「家賃無料だし」といったセリフや、高給の仕事を探したり、
仕事の内容がわかった後もお金が必要だから辞められないような印象を受けました。
そこが引っかかるわけです。
借金苦→高給ゆえに辞められない→仕事そのものに魅力・意義を感じる
という展開を狙っているようなのに、借金の重さが感じられないし、説明もされていない。
仕事に目覚める前にも漠然と魅力を感じて辞められないのだとしても、
そういう演出がされていないので、
主人公の続ける動機がわかりにくいのです。
>大悟「プロはみんなそれくらいの使ってるし、むしろ安いくらいなんだよ」
>はないと思います。
なるほど、やはり高すぎですか。
わかりやすくするための誇張かもしれませんが、
興醒めでもありますね。
わたしも、この映画冒頭のオーケストラ関係のエピソードで「本当?」と思ってしまったので、ネットで調べてみました。オーケストラの給与はN響がダントツで945万、国内の他の有名どころでも大体は500~600万前後、もちろん解散の危機に瀕しているような、コンサートが満杯にならないような楽団がそんな給料払えるはずもありません。いくら共働きとはいえ、その程度の給料で約年収3年分の楽器は設定に無理があります。また1800万のチェロの件はネットでいくつか有名な楽器店を調べたのですが、世界を駆け回るソリストでない限り、300万~500万が妥当な線です。
他のエピソードについては、はっきり言えば整合性がない、きつい言い方なら偽善的です。妻が納棺師を気味悪く思うのはあり(汚らわしいは原作の実話とのこと)。でもNKが既にビジネスとしてその町に存在し、未経験者に50万払えるほどの需要がある山形の人々に、まともな仕事をしろとか、こんな仕事についてとかコメントされるのは不思議です。今まで納棺師のお世話になった身内は無いのか?認知がされてないわけでは無い筈なのに、あの扱いは現状以上に職業差別を際立たせる演出に思えます。他人の便や尿の世話をする介護士や看護士(手術や全身麻酔の経験のある方は当然ベッドから動けないとき看護士さんにしもの世話をしてもらった経験がある筈です)に匹敵する人間を対象とした究極のサービス業に思えます。
主人公の納棺師という職業に従事する戸惑い、苦労は痛いほど伝わりますが、あの町では逆に杉本哲太が本木に対し「立派な職業だな」といい本木が「そんなこと無いよ、死体なんて気持ち悪いし、何週間もたったやつなんかさ・・・・」と返すのを杉本が「うちの家もそのうちお前にお世話になるよ」と微笑みながら言う、そんなシチュエーションが本当ではないのでしょうか。