誰も守れない、誰も守ってくれない

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映画がつまらないのは監督と脚本に原因があると思ってます。
特に日本映画はマンガやドラマの安易な映画化、
アイドルの人気だけに頼ったプロモーション映画が多く、
正直、辟易していました。

でも、この作品は違いました。
「誰も守ってくれない」の監督・脚本は君塚良一氏。
「踊る大捜査線」の脚本で有名ですが、
個人的に大好きなドラマ「心はロンリー、気持ちは...」の
脚本を担当された方です。

少年犯罪の加害者の妹の保護を命じられた刑事の物語。
過去の事件から自らを責め苛み、自らを罰するかのように
家族と別居しています。
一方、加害者の妹は、ごく普通の中学生。
友達もいれば、好きな相手もいます。
それが突然の兄の逮捕により事情聴取、マスコミの過剰な取材、
そして母の自殺で一夜にしてすべてが崩壊します。
マスコミ、そしてネットがすべてを暴き立て、晒していく中、
二人の逃避行が続きます。

アメリカの心理学者の行なった実験で、
問題に間違うと、電気ショックを与えていく、というものがあります。
ですが被験者は回答者ではなく、
実際に電気ショックのボタンを押す助手なのです。
間違えるたびに電圧は上がり、回答者は苦しみ、叫び、失神します。
それでも助手の多くは命じられるままにボタンを押し続けたそうです。
人間は、自らに責任がないと思えば、
どんな愚かなことも、残酷なこともしてしまえるのです。

報道の自由、世間は知りたがっているとマスコミはプライバシーを踏みにじり、
加害者の家族への制裁として加害者家族や
その周囲を攻撃するネットの住人たち。
自らの正義を疑いもせず、相手を人間扱いしません。
見ていて不快になります。
しかし、これが現実なのです。
良くも悪くも、世界はグローバル化し、情報はネットを通じて一瞬で世界に広まります。
倫理は形骸化し、社会はマナーを教えるのではなく、
携帯電話を取り上げることで問題を無くそうとしています。
それが先送りであり、逆にマナーの無い人間を増やすだけだと知っているのに。

もはや社会も組織も伝統も、そして家族でさえ「誰も守ってくれない」し、
「誰も守れない」のです。
自分を守るのは自分だけ。
自ら、強くなることが求められているのです。
そう、この映画は言っているように思いました。

映画の焦点が捜査から外れている主人公の刑事に当たっているため、
なぜ殺したのか、あるいは自供させるための証拠固めのシーンは省かれています。
また、悪が罰せられるわけでもありません。
ですので見終わって爽快感や幸福感を味わうことはできませんが、
救いはありました。

ただ、前日譚となるドラマ「誰も守れない」を見てから、
劇場に行く事をオススメします。
ドラマの再放送はしばらくないかもしれませんが^^;

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このページは、が2009年1月31日 16:46に書いたブログ記事です。

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