「銃・病原菌・鉄」という本を読んだ。
著者はジャレド・ダイヤモンド教授。
「なぜ、白人はたくさんのカーゴ(積荷、財物)を持っていて、
私たちは持っていないのか」
氏はニューギニアを訪れたときに現地の若い政治家に質問され、
答えることが出来なかった。
単純な質問だけど、それが意味するところは
世界に貧富の格差があるのはなぜか、ということ。
この本には人種の優位、勤勉さ、国民性、それらをあいまいな要因を
すべて排除し、科学的な回答を出す過程が書かれている。
この本が興味深かったので、氏の別の本も読んだ。
「文明崩壊」
タイトルのとおり、過去の世界各地で起ったいくつかの文明(国家、社会)が
なぜ、どのように滅びていったのかを書いている。
イースター島、アメリカ・アナサジ族、マヤ、近代のモンタナ州、
そして虐殺の起ったルワンダ。
気候変動、食物不足、土壌の悪化など
崩壊の過程や要因は地理条件でそれぞれに異なれど、
始まりは浪費にあった。
動物を乱獲して死滅させ、木材を乱獲して森を失い、
農業生産を過剰に増やそうとして土地の力をなくした。
結果、養いきれない人口、格差の増大、近視眼的な失政、
それらが重なって社会は混迷、
残されたものを巡っての闘争、破壊、そして社会の崩壊。
いくつかの要因が複合し、それらが重なることでさらに事態を悪化させて
崩壊へと繋がっていく過程が検証されていく。
そしてこれは過去の話ではなく、現在、そしてこれからへの警鐘でもある。
最近の小麦他多くの値上げでも明らかなように、
経済は世界規模で繋がり、連動している。
水産資源、森林資源も同じだ。
チリ沖で発生したエルニーニョはヨーロッパやアメリカに水害を、
アフリカやオーストラリアに旱魃をもたらす。
アマゾンの森は遠いけれども、その空気は五日とたたずに日本人の肺に入る。
もはやグローバリズムは止めようがなく、
無関係の他国など存在しないのだ。
これまで世界が発展できたのは、過去数十億年に蓄えられた
地球の余剰財産があったからだ。
だが、それを無限のものとして使うのも、もう限界にきている。
個人の銀行預金で考えればわかりやすい。
貯金があるうちは多少使っても生活に変化はない。
毎月の収入があれば補填することも可能だろう。
だが、浪費を続ければ当然、残高は減る。
その上毎月の収入が減るようなことになれば、生活は圧迫される。
切り詰めるにも限界があるが、再建に失敗すれば破産しかない。
だが、収支を収入以下に押さえれば、生活は持続できる。
漁業でも、林業でも、農業でも、工業生産でも、
あらゆる人間の営みにおいて、
自然の回復力以上の乱獲をやめねばならない。
今、すぐに。
この本を読んだから、というわけではないけれども、
この一年は「再構築」の年だったように思う。
自分で選んだ生き方とはいえ、生活の変化、何より収入の激変に
対応し切れていなかった。
それを本当に必要なもの、そうでないものを区別し、
金銭的にだけでなく、行動、意識レベルで
ようやく持続可能なレベルを掴むことが出来ように思う。
サイトをブログ化し、生活にiPodを取り入れた。
ビリーをはじめて体重も落ち、筋肉もついた。
あの頃はたぶん太り始めていた頃だから、ずいぶんましになったと思うよ。
携帯も変えた。部屋にいても普通に通話が出来るくらいにはなった。
電波のいい所で話そうとすると僕に吼えてきた犬はいなくなって、
新しく来た犬とは友好関係を保っている。
毎朝、早く散歩に連れて行けと吼えて起こされるけれどもね。
収入は厳しく、作家への道はまだまだ。
石の上にも三年というけれども、結果のなさに多少じれてもいる。
そんなだから恋愛どころでもない。
(友人にはただの言い訳だと言われたけど)
それでも、今の生活が気に入っているのは確か。
犬と近所を散歩し、季節の変化を全身で感じ、心を動かされたものの写真を撮る。
そして書きたいものを書く。
以前のように賞のスケジュールにあわせて詰め込むのではなく、
納得いくまで仕上げ、その上で出せる賞に出すことにした。
怠けがちなので、時々喝を入れたり、
自分にご褒美をあげないとダメなんだけど。
僕はこんな風に毎日を過している。
君が幸せでありますように
誕生日、おめでとう

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