2007年1月アーカイブ

最近、iPodを買いました。車での移動時はCDを1枚持っていくので、基本的に家用。
それならCDをステレオでかければいいようなものですが、
聴きたい1曲のためにCDを用意するのも意外と面倒なもので、
BGMにしたいときなどは、同じアルバムの他の曲が気分にあわなかったり、
CDシングルの曲が聴きたいと思うこともあるわけです。
それがiPodで一挙に解消しました。
好きな曲だけ選んでオリジナルテープを作ってた中学時代の事を思い出します。
しかも、今回はかさばらず手の平に収まる大きさ。

でも、イヤフォン・ヘッドフォンでは耳が疲れるんですよね。長時間はつらい。
それでスピーカーを探してました。
鳴らすだけじゃなくて、充電機能のついたもの。
見つけたのが、これ。

Untitled.JPG

ELECOM ASP-P100 iPod Dockコネクタ用小型アクティブスピーカ

ドリンクコースター並の大きさで、机の上においても邪魔になりません。
台座下部がスピーカーになってて、音量、音質も普通に聴く分には問題なし。
充電もできるし、電池を使って外で使うことも可能。
値段もお手ごろで言う事ないです

お店へのリンク↓

旧サイトのコンテンツをほぼ移動。
diaryについては新規に始めることにする。感情の錨でもあり、コピペ作業も続けられなかったので。
旧サイトは使えなくなるわけではなく、リンクの絡みもあってまだしばらく残すので、覚え書としては十分だろう。

新サイト、まだデザイン面や、とりわけソースコードが整合取れていないけれども、
とりあえず用は足りるレベルにまではできた・・・と、たぶん思われるので、一旦手を置く。
コンテンツが伴わないとしょうがないし、この数日はかかりきりで、
他のやらなきゃいけない事をずいぶん放置してきたのでそろそろ、そちらに戻らねば。

MovableTypeの本も買ってきたので、今後少しずつ勉強しながら、
リニューアルに向けて準備していくつもり。

伊藤由奈の1stAlbum「Heart」も作業しながら聴いてたので、ちゃんと詞を読みながら聴かねば。


それよりも、まず心を落ち着かせることが先決かな。

現在、移転作業中です。お見苦しいところもあるかと思いますが、どうかご容赦を。
ブログには以前から興味がありました。正確に言えば、ブログ形式によるサイト運営・管理ですね。
以前のサイトもdiaryなどはブラウザ上で入力、更新をできるようにした、半分ブログだったので、これをもっと推し進めてみたい、と。
とはいえ、直接の原因になったのは、サイトの容量オーバー。
日記を更新したら、データが消えて初めて解ったわけです。それも、規定の2,5倍を超えてました。
何も昨日今日に越えたわけじゃないんだからプロバイダも教えてくれたらいいものを・・・。
それで容量を増やすことも考えたのですが、年間ベースで新規ドメイン&データベース付き大容量スペースを取得するのと比較して、たいして値段が変わらなかったんですね。
それで移転。
ところが、思ってたよりもムツカシイ。
htmlやcssから最近遠ざかっていたのが、まともに影響しました。
もう一度勉強しなおしですね、これは。


秋のように色彩豊かなのに、透明感がある。乾いているのに潤いを感じる。矛盾しているようだけど、Ann Sallyの歌声にはそんな印象を受ける。
アルバムにはカバー曲が多いが、歌いこなしは見事としかいいようがない。すっかり自分のものにしている。ファーストアルバムの「All I Want」「Both Sides,Now」はJoniMitchel本人かと、思わずアルバムを見直した。歌唱力があり、表現力も豊か。新しいアルバムではタイトルのまま、ニューオリンズジャズを歌っている。これまでのアルバムとは雰囲気が違うが、それでもやはりAnn Sally以外の誰でもない音楽になっている。



良く聴くのが「moon dance」。英語、スペイン語の曲がメインだが、アルバムに2曲ほどの日本語曲がまた秀逸。「蘇州夜曲」アン・サリー - ムーン・ダンス - 蘇州夜曲
は川面に浮かぶ月影のように詩の美しさが見事に響いている。ライブで聴いたカバー曲もいい。もともといい曲なのだけど、彼女が歌うと叙情豊かに美しく聞こえる。
静かな夜には、いや日曜の昼間に聞いても穏やかで満たされた気分にしてくれる。ずーっとリピートで聞いていても飽きの来ない、それでいて味わいのある楽曲だ。
このアルバムを聴くと、Ann Sarryを僕に教えてくれた人を思い出す。もう確かめるすべはないけれど、彼女も今頃、このアルバムを聞いているのだろうか。


アン・サリー

ライブとなればステージの端から端まで、山のように弦楽器が並ぶ、だから山弦。それは冗談半分だとしても、山弦の二人のギターはすごい。
佐橋佳幸、小倉博和。80年代から作曲、ミュージシャン、プロデュースと音楽の第一線で活躍する二人のギタリスト。日本のアーティストのCDを何枚かもっている人なら、そのどれかには参加ミュージシャンとして名前が載っていると思う。とにかく幅広く精力的に活躍している。その二人が一緒に演奏したらどうなるか? 答えは聞く方が早い。
「春」山弦 - Joy Ride - 春

あるいは見るほうが、か。2004年のアルバム「Island made」のツアーライブDVDではその演奏が堪能できる。弦を弾くから音が出る、という当たり前のことだがデジタル全盛の昨今では体感できないことが実感できる。それに、本当に楽しそうに演奏している。楽器を苦労して習って、もう止めたいなんて言う子供たちに見てもらいたい。音楽とは音を楽しむものなんだって事が二人の表情からもわかるから。まったく、「絶妙」という言葉がこれほど似合うコンビも少ない。



そして、佐橋氏が手がけた映画のサウンドトラックがこちら。退職したサラリーマンが死んだ妻の言葉を思い出して、種子島で第二の人生をサーフボードとともにはじめるという物語。「Island made」もそうだったが、最近流行の夏の定番というと波音を掻き消すほど暑苦しいものもあるが、佐橋氏のギターは波音や風の音が聞こえてくるように優しく、爽やか。サーフミュージックの定番のビーチ・ボーイズの曲とも不思議なほど違和感がない。実際、もう秋になりつつあるが、たとえ冬になってもこの曲はすんなりとなじみ、聴くたびに夏の思い出が蘇るだろう。
ただ、聞けば聞くほどライブに行きたくなるのは、ちょっと困りものかもしれないけれど

山弦山弦


好きな本なんて、それこそたくさんある。でも、読み返すたびに発見がある本、何年も読み続ける本というと、そうはない。「神話の力」はそんな本だ。
比較神話学教授ジョーゼフ・キャンベルがジャーナリストのビル・モイヤーズの質問に答え対談する形式で本は進行する。最初の問いかけは「なぜ神話を考える必要があるのか?」そこから、旅が始まる。
神話の果たす役割や世界を滅ぼした洪水や処女生誕など世界各地に見られる神話の意味などをネイティブ・アメリカン、インド、聖書など各地の神話からの引用をちりばめながらわかりやすく、しかし刺激的に解説していく。儀式というものから離れてしまった現代日本人さえも日常から神秘の世界へと一瞬で連れ去るような含蓄豊かで魅力的な話がいっぱいだ。
NHK教育でこの対談が放映されたときには、目からうろこが落ちるというよりも、体ごと脱皮して新しい日の光をいっぱいに浴びたような気がした。これほど圧倒的な知を浴びた経験は他にはない。ぜひとも再放送してほしい

追記。2008年1月18日
版権等の問題で、NHKからDVDの発売はないとの事。もしかしたら、NHKアーカイブで
閲覧できるようになるかもしれないけど、どうなるかは不明。

えあじんさんのサイトに感想を寄稿しました。

空気人的身辺雑記




そして、もう一冊、というかシリーズ。
「プリデイン物語」豚飼育補佐タランの成長と冒険を描いた5巻の物語。ジャンル分けされると児童文学になるかもしれないけど、本当に優れた文学は大人も子供も魅了するという、見本のような本だ。
はねっかえりのエイロヌイ、つい話を誇張してしまうフルダー・フロム、毛むくじゃらの恐ろしい外見だが寂しがり屋で優しく忠実なガーギ、気高く勇敢な王子ギディオン。もちろん主役のタランも向こう見ずで無鉄砲でそそっかしいけれども、巻を追うごとに成長していく。物語を読むというよりも、彼らに会うために本を開くような気がする。
作者のロイド・アリグザンダーには「人間になりたがった猫」という作品もある。小学生のときに読み、こんな本を書きたいと僕の心は大きく揺さぶられた。結局その思いが高じて今の生活があるわけだから、彼の本が僕の人生を決めたと言っても過言ではない。そして今でも思っている。こんな物語を僕も書いてみたい、と


鈴木祥子というアーティストが僕に与えた影響は計り知れない。
ラジオから聞こえてきた「サンデーバザール」は16歳の僕には衝撃だった。なんていう切ない、なんていうキレイな、なんていう激しい歌なんだろうと。
以来、アルバムを買い揃え、ライブにも何度も足を運んだ。
渋谷のクラブクワトロだったと思うが、「プリヴェ」(アルバム『私小説』収録鈴木祥子 - I was there,I'm here - プリヴェ
)をはじめて聞いたとき、「愛していると言って、──言って?」という歌詞には思わず鳥肌が立った。
川村真澄さんが提供した歌詞も素晴らしいが、本人の書いた歌詞も心に突き刺さる。鋭く深く刺さって、痛い。

僕の好きな「恋人たちの月」鈴木祥子 - I was there,I'm here - 恋人たちの月
という曲が収録されていることもあり、誰かに勧めるときはとりあえずベストを推すが、ベストにないアルバム収録曲にも思い入れがあり、一枚と選ぶことが出来ない。初期からのファンだけど、ロック色の強い曲も、ワーナー時代も、それ以降現在に至る最近の曲もどれもいい。最近のアルバムでは「BLOND」鈴木祥子 - 鈴木祥子 - BLONDE
が印象的だ。マリリン・モンローの伝記に触発されたという歌詞は、シンプルでストレート。それでいて深淵を覗き込む思いがする。3月から6月は特に、ふとした拍子に彼女の曲を思い出すことが増える。その曲を聴き直すためにアルバムをかけると、他の曲の新たな面を発見する。あるいは僕の心が引き出されるのかもしれない。
寂しがりやなのにどこかあきらめていて、醒めてさえいる。でも破壊的なほどの激情も抱えていて、何かをずっと捜し求めてる、という僕の女性観の骨格は彼女の歌なのだろう。

鈴木祥子


「一番好きなアルバム」と聞かれると返答に詰まる。たくさんあるし、その時々の気分によっても違うから。
でも、「一番多く聞いたアルバム」ということなら、このアルバムになる。
最初に聞いたときはレコードだった。ラジオから流れてきた「WHERE THE STREETS HAVE NO NAME」U2 - ヨシュア・トゥリー~デラックス・エディション (Deluxe Edition) [Remastered] - Where the Streets Have No Name
に惹かれて購入した。惹かれて、というよりも引き込まれてといった方が正確かもしれない。海か砂漠を思わせる静かで広がりのある音に、ギターの音がカッティングが波立てるように始まる冒頭。
そのわずか15秒程度で、もう心が駆り立てられた。





長く美しく広がる音と繰り返しのリズムが空間を生み出し、ボーノの歌が高く、低く心を貫く。
「名前のない路で」、「君と一緒でも、一緒でなくても生きていけない」と矛盾するような、禅の偈のような歌詞にも惹かれた。実際にそういう心境を体験したとき、また曲の味わいが変わる。しかしラブソングさえも政治的、あるいは宗教的な響きがあるのは、さすがアイルランドというべきか。
今でも、一つ書き終えて、次の作品に取り掛かるときには必ずこのCDを聞く。ライブ映像を見る。彼らのメッセージや提起した問題は、まだ解決されていない。
それが僕を駆り立てる。彼らの歌は自らを振り返るための鏡であり、僕の志の根底となっている。


U2 - ヨシュア・トゥリー~デラックス・エディション (Deluxe Edition) [Remastered]

doubledot は、私 コザキ(webデザイナー、小説家修行中)の
日々思うところ、ふらっとでかけてデジカメで取った写真などを
載せておくスペースです。
備忘録? ささやかな表現? 暇つぶし?
自分の中の位置づけはまだはっきりしませんが
そのうち続けるうちにわかってくるでしょう。
ともあれ、よろしく

(2009.11.8 追記)
最近すっかりtwitterでばかり呟いてます。
写真も載せられるし、140字は必要十分な文字量。
できれば呟きとまとめという風にしたいですが、どうなることやら。

twitter / kozaki35


2006.7 オリンパスフォトコンテスト2006 第1ラウンド
デジタルアート部門 入選

2005.2 KonicaMinolta 匠フォトコンテスト
時の匠部門 優秀賞

2004.7 ナショナルジオグラフィックジャパン
第8回デジカメ作品展 動物・植物部門 入選

2004.5 ナショナルジオグラフィックジャパン
第7回デジカメ作品展 風景部門 入選

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